2010年01月31日

研鑽会

 19のときにヤマギシに出会い、それ以来、研鑽会というものにずっとかかわり続けてきた。  そんで、それがじぶんにとって「よい」と思ったら、人にも勧めたりしてきたけど、ああいうのはなんだったんだろう?って思う。 
 自分の物差しではからないとか、言葉は覚えていろいろ言うけど、実際自分の物差しで計らないっていうことがどういうことか、考えてこなかったかもしれないなって思う。
  研鑽会に行って、良かった、是非行ったらよいとか、思ったり、人に言ったりするとき、自分の持ち替えた物差しが良いから、あなたもこれに持ち替えた方がいいよって言う感じだったかもしれないよね。    研鑽会があって、もし、それが、ほんとうはどうか?と検討する機会だとしたら、それはその人のもので、その人がすることで、そのひとが自由に、やりたい分だけやるもので、べつにそこに誰かが介入する余地なんてないのに。
  研鑽会では人の話を聞かなくてもいいんだよって靖仁さんが言ってくれて、それからそのことを考えてて、そうか、自分の考えたいことを、それぞれ考えたいだけ考えたらいいんだなっていうか、ふつうに人間が生きていくってそういうことだなって思った。
  やらなきゃいけないことはなにもないし、そのひとがえらんでそのひとがやったらいいとおもうことをやりたいだけやる。
  研鑽会だから特別やらなくちゃ、ってことでもないなって思った。 
  そのひと、私が、やりたいだけ、自由になりたい分だけ、やったらいいんだなって。
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2010年01月22日

私の運命

 そういうタイトルのドラマが好きで、妊娠中よく見ていた。

 19歳の頃、ヤマギシに出会って、これだなって思って参画したとき、今の自分を想像しただろうか?
 境遇というか、心の状態のことなんだけど。

 Iさんと拡大の車に乗っていたときIさんが「佳世ってもう参画するつもりなんでしょ。」と言った。
 Iさんの顔は私の記憶にはなくて、きらきら光る夜景を見ながら「うん」と答えたときの気持ちはなんだか厳粛なものだった。

 Iさんはそのとき何か話してくれた。なんだか嬉しかったかな?

 つい先日、もうヤマギシを離れたIさんと話す機会があった。
 あのころ、Iさんはヤマギシを世に広めたら、幸せな社会が作れると信じて、純粋にやってた。その頃のような夢はもうないけど、と言って、いろんな話を二人でした。

 Iさんと話していると20年前の自分を取り戻すように感じる。
 自分の中にあるものを見つめなおせるような。
 20年前にこんなふうに二人で話すことを想像しただろうか?状況は変わって、お互い既婚で子供もいて、Iさんはヤマギシを離れて、私はブラジルに住んで。
 それでもなにかわたしのなかにIさんにつながる気持ちというか、離れないものが有るんだなって思った。それはIさんがどうだとか、自分の状況とか関係なく。外側のものでなく、自分の中のことだから、誰にも見せることは出来ないんだけど。

 あした私がどんな気持ちでなにをするとか、私は知らない。誰も知らない。
 私の心から、気持ちが発して、そこから何かが生まれる。
 いまからの私は心に素直になって、そこからの気持ちでなにか行いたいなって思う。
 そんな私が明日何を思うとか、わからないな。
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2010年01月15日

アイ

    
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2010年01月09日

心の絵

内観コースやってみて 

 今回3回目の参加で、何をやろうかな?と思った。
  SさんとIさんからの提案で3つのテーマから離れてかんがえたらどうかとあり、そうしてみようかなと思ってはじめてみた。
  やってみて、取っ掛かりみたいなものが見つからず、どこから見ていくものかなあ?と思い、雑念みたいなものもいっぱい出てきた。でも、その時の状況などを細かくその時にいるような気持ちになってみて、その時自分はどう思ってたのか、その時の自分を今の自分が離れてみているような感じでやってみようと思って、やりながら、それでも集中しなくちゃっていうのもなく、そのまま。雑念も出てくるし、眠気も。ZZZZ.... 
 それでもやれるぶんだけ、やりたい分だけ調べてみようかな?と思ってやってみた。 

 1回目はほんとに細かく時間を区切って、自分の中を見たように思う。 

  大田原実顕地でやったときのことを思い出した。
  なんだか胸が暖かくなって、なんでこんなに嬉しくなるんだろう?って思った。
  いつも温かい目で見守られていたような感覚がよみがえってきた。自分がそのままでいて、なんら責められることがないと感じた感覚が有った。
 いろんなことをやって、いろんなことが有って、いやなことだっていっぱいあったけど、きらいだなって思う人もいたけど、あのまま大田原実顕地にずっといることができたならそのままでもいいと思えるくらいの感覚があるなあと思った。 
あるときなにかで落ち込んでいたとき、YさんとEさんで話を聞いてくれた。 そのときYさんが、「Tちゃんも佳世ちゃんみたいな女の子になったらいいのになあって思ってみてるんだよ。」って言ってくれた。
 Tちゃんは村出身の子で、そのときの自分から見て、なんでもできる、何でも知ってる、研鑽会でも素直でいい事を言うって言う感じで捉えていた。「なんでTちゃんのほうがずっとなんでもできるじゃん、わたしなんてなんにもできないし、がさつだし、」って言ったら、「佳世ちゃんみたいに明るく、前向きになれたらいいなあって思ってるんだ。」って言ってくれて、Yさんがわたしの何処を見ているのか?と少し触れた思いがした。 
  私自身は、わたしのことも、Tちゃんのこともものすごく表面で見ているのかもしれないなと思った。

  自分を知るための研鑽会に行く前にライフセンターの事務所に行った。そこには何枚かのIさんの絵が置かれていた。
  Iさんのことは知っているつもりでいた。 飄々としたさっぱりとしたひと、くらいに捉えていた。 こんな絵が出てくるようなIさんの中身があるんだなって思った。Iさんの中身を何も知らないのかも?と思った。

 自分を知るための研鑽会に行って、いろんな人が声かけてくれて、「研鑽会どうだった?」「こうだったよ」とこたえると、「ふーん良かったね。でも、研鑽学校でも調べることだよね。」 「ちがうよ、これこれこうで....」という会話を何回しただろう。 
 Nさんと話したとき、Nさんが、「自分を知ったの?」と聞いてくれて、「うーん、知るって感じじゃなくて、知るためにはどうするか?ってことだったかな?」って答えたら、Nさんが「はは、よかったじゃん、あんまりしったらがっかりするしね。」といったのを聞いて、えーーー、そういうこと言いたかったんじゃなかったんだけどなあ。って思って、なんだかがっかりした。でも、今回そのことを見てみて、研鑽会がどうだったか?ではなく、私がどうだったのか?に興味を持ってくれたのはもしかしたらNさんだけだったのかもしれないなあって思った。

  研鑽会をブラジルで設けたとき、なにかお土産を持たせたい、感覚と実際は違うということを教えたいという気持ちだったかもしれない。自分自身そういう捉え方で研鑽会に臨んできたいままでだったのではなかろうか? 
 今回人生を知るための研鑽会に参加してみて、すごくしんどくて、途中から何を考えていいかわからなくなって、思考が停止した。
  帰ってから、泣けて、泣けて止まらなかった。 

  ひととおり終えて、また小学校に上がる前に戻って見直したとき、目を瞑ると、映像がぱたぱたと現れきた。小さかった私が好きなときに泣き、好きなときに笑い、好きなことをして、過ごしている姿がいきいきと現れた。なにも我慢していない、素の私の姿がそこに有ると思った。階段を転げ落ちてないてる私、お母さんのひざで甘えている私、好きな友達と遊んでいる私。お弁当を食べている私、自転車に乗っている私、かみそりであそんで怪我をした私。
  今までの内観がわら半紙に区切ったところに1,2行ちょこちょこ書く内観だとしたら、その時の内観はその区切りをはみ出して極彩色で描かれた絵のように感じた。 


  乳牛でやってきたこと、しんどかったけど、Dさんと一緒にやること、牛の治療をやっていくこと、など自分の中を見てみたら、全くやらされてやっていたことではなく、Dさんとその時一緒にやりたかったし、牛が治っていくのを見たりすること自体が自分の喜びだったなあって思った。特講の炊事から帰ってきた夕方、そのまま着替えてDさんと催乳していた。誰からやれといわれたわけでもないのに。 
 今でも、もしDさんがあそこにいて、毎日催乳していたとしたら、かけつけて一緒にやっていると思う。  
 ミルキングパーラーでやっていたとき、Sさんがよく楽になるぞ、と言って、新しいことを始めると、絶対大変になるって思っていた。 自分の負担は増えたように感じていた。でも、Sさんが何をやりたかったのか?なんのことを言っているかに興味があったかな?と思った。実際自分の催乳時間は増えた。
  でもやる人の数は確実に減った。時間数は減った。まあ、自分はしんどくなったけどね。それとこれとはべつかもね。 

 ブラジルでやってきて、いろんなひととやってきて、いろんなことにひっかかってきた13年間だったと思う。 MちゃんやKさんが言っていることを聞いて、「それはおかしいでしょ。」って聞いていた。何が言いたいか、どこから発しているのかとかあまり興味がなかったと思う。 
 人のいうことをそういうふうに聞いてきた今までで、ものさしはその時それぞれだけど、そのものさしで相手をおかしいとか、正しいとか、諮ってきた自分だったんだなって思った。

  研鑽会に参加することでそのものさしを新たなものに持ち替える、ということを繰り返してきたのかもしれないなって思った。 

 先日B君と、Iさんと再会したことは私にとって大きなことだったように思う。
  10年ぶりに会っても、ほとんどその間コンタクトがなくても、普段忘れていても、出会ったときの感情、感覚がそのままで、あまりにも同じで、というか、実際は変わっているんだろうけど、うまく言葉に変換することが出来ないんだけど、心のつながりがその時のまま自分の前に現れて、Bちゃんがどういう人で、どういう状況にあるとか、Iさんがどうだとか、全く関係なくて、自分にあるものはつながりだけ。それは外にあるものではなくて、自分の中にあるものなんだなあって、自分の心だけを見ているってはっきり自覚したときにすっきり見えて、このときこういうことをした仲間って名前をつけなくても、こころだけがあるんだなって思った。

  恵吾さんと零生のためにブラジルにいて、おかあさんをやるのがわたしのやるべきことみたいにずっと思ってきた。
  夫婦だから、親子だからと名前をつけて、そこに自分をはめ込んで、やってきた。
  本当の自分のこころにあるのはなまえのないつながり、なまえのないこころ、愛情。

  たくさんの人がわたしの心の中にいて、わたしの中があふれかえるほどになっていてつぎから次へと心から湧き出てくるのに驚いた。
  愛情を感じる、とか言うけど、自分の中にあるもので感じているというか、それしか出来ないんだなって思った。
  わたしの中にある心の絵をすこしずつ描いていく。そんな人生を生きて行きたいと思った。
posted by かよっぺ at 14:52| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月14日

ひと

 うっしーと話したとき、「ブログのテクニックって何処で覚えたの?」と聞かれた。  いじったりすることを言ってるのかな?と思った。
  杉江さんに聞いたら、すぐに答えてくれると言うか、つくってくれて送ってくれる、杉江さんはそういうことが好きとなってるなあと思った。
  うっしーは最近めんどくさがって教えてくれないって言った。
  そうか、そりゃあいてみるのかなあと思った。
  自分と接しているその人を見て、その人はそうだとなるなあと思った。

  典子ちゃんに佐藤さんって佳世ちゃんにとってどんなひと?ときかれた。うーーーん?典子ちゃんはどんな人と思うの?
  クールな人。と言ったと思った。
  わたしは面白くてへんなつかみどころのない人だと思った。 

  普段、自分からみえる「人」と接して、その人を好きだとか、こういう人だとか、思ってというか、そのひとの実際を知ってるつもりになって、親しくなる度合いにしたがって実際を知ってるような気にどんどんなるなあと思った。 レオの実際、恵吾さんの実際はどうなのかな?
  言葉では表現できないけど、もう全部自分の中にその人があるような、そんな感覚があるなあと思った。 

 そのときその人は自分の中の思ってる世界よりもちいさいひとなのかな?思ってる世界にはまっているひと。 実際のその人の世界は私の世界とは全く違う世界にあるのだろうな。
  自分の世界だけでそのひとが生きてるような、そんな感覚。 
 
 その人の世界でその人のやりたいことをやろうとしている人生がある。
 ひとりひとりの人生と触れて生きていく。
 そのことが自分が思うよりももっと大きくて、広いことなのかなって思った。
posted by かよっぺ at 06:53| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月07日

ぎゅっと

 人からどう思われるか考えるとぎゅっと自分が狭くなる感じ。  身動きできなくなる。 
 もうそんなのできない。知ってしまったから。
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2009年12月05日

Tomorrow never knows


 この歌のドラマではじめてキムタクというものを見た。(だからなんなんだ) 
 なんかどきどきするんだよなー。これ聞くと。
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2009年12月04日

入力と出力

 今の私の仕事は、ほかの人が入力してくれたものをエクセルの表計算に貼り付けて確認する作業。 ま、工作みたいなものかな?

 で、入力してないと、出力できない。
 そんで自分で資料を探して入力する。

 入力がないと出力できない。


 自分の中にあるものもなにか入力が有って、私から湧き上がってくるんだろうな。
 入力の仕方が間違っているかもしれない。正しく入力したら、出力もかわるんだろうな。
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2009年12月03日

愛されキャラ

 久々の更新。更新しなくても読んでくれている人がいるんだなって思って、感激しました。
 ありがとう。

 たまに、龍くんが私を人気者とか、愛されキャラとか言ってくれるんだけど、それは龍くんの感覚なんだなって思う。 私はどうかな?私はいっぱい好きな人がいて、嫌いな人がいなくなって、嬉しい。みんな好きって言うのでもなく、一人一人違うし、すごおおおおおく好きな人もいるし、あんまり知らない人もいるかな?
  当たり前か。 

  最近まで、なんか目に見えることで、誰かと誰かが言い合いしたとか、この人がこういったとか、落ち込んでるとか、そういうの見たり聞いたりして、びっくりして、「なんとかしなくちゃ」って思ったり、どうかんがえたらいいのかなー?とそのことに振り回されてたように思う。 でも、まあ、良く考えたら当たり前か、いろいろあって。
  夜の世界だし。
  と、思ったら、あんまり気になんなくなってきて、のんびり暮らしてる。
  平和だったらいいとかってもんでもないけど。
  願うところは有るけど、そしてそれをかなえられる自分になりたいけど、今は無理せずに落ち着いて、やるべ。あわてないで。

 多分私は愛してるキャラ。
posted by かよっぺ at 01:35| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月13日

かよっぺ40周年

ブラジルではまだ11月12日IMG_1476.JPG

マルセリンがくれたレース

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奈々ちゃんがおいしいケーキを焼いてくれました。

今年は39歳になったの嬉しかったな。初めてちゃんと歳をとった感覚。
今日からかよっぺ40周年。
posted by かよっぺ at 08:24| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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